Charlie Haden & Brad Mehldau 「Long ago and far away」

Charlie Haden & Brad Mehldau、ベース&ピアノのデュオアルバム。
2007年11月5日の録音で、場所は the Christuskirche in Manheim, Germany とある。ドイツ、マンハイム、キリスト教会。
検索してみるとこんな場所。装飾的で威風堂々な外観。内部もとても煌びやか。
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photo:Wikipedia
この場に居合わせて、彼等と時間を共有した人びと。10年以上が経った今、どこで何しているだろう。

2014年に亡くなったチャーリー・ヘイデン。追悼盤の意味合いが濃いのか、ジャケットは淡く翳った空が印象的な油彩画。静謐な色彩でコントラストは低く、明るくはないのに、不思議と天国的な浮遊感がある。Luc Leestemakerというアーティストの作品で、彼も2012年に亡くなっている。
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外見を裏切らず、演奏も全体的に落ち着いた雰囲気が漂う。人を脅かすことのない和声、なだらかで憂いのない曲調。
よく言えば和やか、ちょっと辛辣に言えば、昔風でやや物足りなくも聴こえる。そう感じるのは、おそらくひとつには、ピアノのイントロのせい。1、4、6と、ユニゾンからスタートする単純なイントロが3曲もある。左右の手の自在な動き、不均衡なリズムの揺らぎが得意な人が、なぜこんな普通のイントロをいくつもやるんだろう?と、不思議に思うくらい。
もうひとつは調性。ソロやトリオで弾くときのような、シャープに尖った黒鍵調や闇闇しいマイナー調はなりを潜め、頭からF、G、C、Gと、変記号少なめの素直なメジャー調が並ぶ。演奏の振り幅もそれほど大きくなく、過剰なスピードの変化や音数を捩じ込んできたりもしない。集中して聴こうとしているはずなのに、油断すると曲の継ぎ目も忘れてしまいそうになる。

そんな空気感が、ビル・エヴァンスの「Undercurrent」に近いと思った。起伏が浅く、抑えた音量で続く音楽。互いに礼節と共通の文法をわきまえ、感情の爆発とは程遠い穏和さを保ち、余白のある会話をゆったり交わすような。
きっと、敢えてそういう、凪いだ空気を作ったのだろう。だとすれば、物足りないなんて言わずに、こちらがそこに合わせて聴けばいいということ。自分を追いたてず、急がず悩まず激せず、競い煩うことなくこの時を過ごそうと、たぶん、彼らは誘っている。

お気に入りは5曲目。マイナー調と言えるけど、これもどっぷり暗さに浸ることはなく、AmとCの、ライトグレーの仄明るい波間を行ったり来たり。ゆったり大きなリズムの取り方、左右の手をズラして歌わせるやり方がBMらしくて嬉しくなる。
続いてラストのA♭。ようやく黒鍵調のお出ましで、後半、ベースの止んだピアノソロ、溶解するリズムと深い低音が印象的。いつものBMらしいなあと思える音、一方でそれが、この流れの中では異色な響きになる。
鍵盤でここまで低音を使うのは、ある意味ベースの領域に踏み込んだとも言える(…かもしれない)。「わきまえた距離感」「共通の文法」に収まりきらないエネルギーが迫り上がってきたようにも聴こえる。昂ったものが鎮まった最後、ごくごく少ない音で、出迎えるように寄り添ってくれるベースが優しい。

話は変わり、このアルバムにBMは書き下ろしのライナーノートを寄せている。とても率直で、よく今それを書きましたね…と、ちょっと息を呑むような重い内容。
それでありつつ、共同プロデューサーであるヘイデンの妻、ルース・キャメロンのライナーノートを受けて、それにきちんと応える内容に仕上げている。2018年7月、ツアーの途上で、とあるけれど、決して片手間に書いたものではないのがわかる。
そうして最後の段落に辿り着いて、今の彼が見せている底無しの誠実さと、ずっと以前から「死せる詩人たち」の歌を奏で続けてきた軌跡を思う。やっぱり、何ひとつ当たり前じゃなかったんだ…。改めて、胸にくる。

余談。タイムラインにこのアルバムの発売告知が出たのは、9月の北海道地震から何日も経たない頃だった。
職場は再開して仕事はしていたけど、普通に仕事ができていることにすら罪悪感があり、節電の影響で街のあちこちが暗くて気が塞いでいた頃。別に北海道を励ますために発表したわけではないのは重々わかっていつつ、私にとっては染みるくらいうれしくて、心が慰められた。
「After Bach」、「Seymour reads. . . 」、このデュオアルバム。そして12月にはとうとう、待ちわびた来日予告がきた。2018年は春夏秋冬、覚める間もなくBMに喜ばされっぱなしだった。

ありがとうございます。どうか来年も再来年も、お元気で活躍されますよう。

そしてこの記事を読んでくれた方にも、すてきなクリスマスと、よいお年が訪れますように。
 

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