4/4)Vikingur Olafsson「Johann Sebastian Bach」


ヴィキングル・オラフソン「J.S.バッハ」のまとまらないレビュー、4本目。
最後は理屈抜きに好きなだけ褒めます!

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実は、最初に書き始めたのがこの「普通のレビュー」だった。演奏そのものがすばらしく、そこを褒めるつもりで書くうちに「随分と流れよく作ってある」ことに気がついた。
「曲順までよく練られた良作」と一言だけ書いとけばよかったのに、具体的にどこがどう?と興味を持ってしまったのが沼の入口。「どこがどう」どころじゃない。全部だった。
エクセルだの五線だの図表だのを引っ張り出して悪戦苦闘するハメになり、恐らく読む方にとっては面倒くさい記事になってしまったと思うけど、やってる本人は存外楽しかった。今が夏休みだったら自由研究のテーマになるのになあ。どこにも提出するあてがないのが、お気楽であり、ちょっと寂しくもあり。

以下、一曲レビュー。気になるものだけ、と思ったら、結果的に全部になっちゃった。

● 前奏曲 前奏曲とフゲッタ ト長調 BWV.902
小曲だけど聴いて楽しい。自由な太さで線が描ける人だというのがこの一曲でわかる。

● コラール前奏曲「今ぞ喜べ、愛するキリスト者の仲間たちよ」
 BWV.734 ト長調(ケンプ編曲)
速いパッセージをコロコロ転がす。8分音符のベース、16音符の高音部、そして中声部の旋律。オルガンだと旋律はペダルが担当するらしい。二本の手で、よくこんなクッキリ弾けるなぁ…

● 前奏曲とフーガ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第10番 ホ短調 BWV.855
せっかく選曲編の記事で大喜びしたので、Brad Mehldau の「After Bach」の演奏と聴き比べレビューを。

メルドーが弾くプレリュードは規則的な刻みの中に仄かな揺らぎがあり、1・3拍目の和音を丁寧に「置きにいく」感じが心地よい。プレストでもテンポは変えず穏やかに弾き切る。
そして次に続くのはフーガじゃなく、オリジナルの「Flux」。こちらは本領発揮で不敵にカッコイイ。礼は保ちつつ、奔放で笑み混じりで切れ味鋭くマイペース。2曲揃って男前この上なし。

オラフソンの演奏は迷いがなく、ひたすら正確無比で強靭。プレリュードのプレストでテンポが上がるときの推進力と、ラストの下降音階2つの揺るぎなさ。アスリートが美しい技を決めたときみたいに、安定感とギリギリを攻めるカッコよさが両立している。
フーガも同じ勢いで、スタッカートをパキパキに効かせて一息にいく。でも音色がエレガントなので煩くはない。絶妙。

二人ともそれぞれ素敵。
ところでどちらか、第一巻第22番変ロ短調のプレリュードを弾いてみてくれませんか?もう、いつでもいいので、気が向いたときに。貴方達どちらかの音で聴かせてくれたら、泣きます。涙のリクエストならぬ、心のリクエスト。

● オルガン・ソナタ第4番 BWV.528~第2楽章 ロ短調(ストラダル編曲)
決然としたスタッカートの次に、ペダルを効かせた柔で潤う音。この音色の幅広さ、印象の多彩さも「情報量」のうち。
密やかな響きから始まり、徐々に大きく満ちる感じ。ウォーキングベースを彷彿とさせるベースライン、上昇モチーフを繰り返す度に迫り上がってくる、スケールの大きな美。
メルドーの「River Man」や「Holland」に似た音の快楽。
これをバッハでやっちゃうの、半端ない。
生で聴いた人がうらやましい!

● 前奏曲とフーガ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第5番 ニ長調 BWV.850
艶やかな音の粒がきれいに揃って瑞々しい。黄金色でプチプチした粒感に「プレリュードとフーガ 北海道とうきび味」と副題をつけたくなった。
これ、本気で褒めてます。

●コラール前奏曲「 いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV.659 ト短調(ブゾーニ編曲)
♭調にお引っ越し。深くしめやか。

● 前奏曲とフーガ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第2番 ハ短調 BWV.847
練習曲みたいなプレリュードを、これまた正確無比に弾く。ただこれは、正確なだけでは美しくなりえない曲でもある。そこは流石。
フーガは例によってパキパキ。

こうして聴くと、スタッカートパキパキの平均律と、ペダルを豊かに効かせたオルガン曲を交互に繰り出している。前回、構成編の記事で、オルガン曲とそれ以外を交互に弾いていると書いたけど「音色」というレイヤーでも同じ構成をとっているとは。こういうところに思考の周到さ、情報の厚みを感じる。

● カンタータ「いざ、罪に抗すべし」 BWV.54 変ホ長調 (オラフソン編曲)
選曲編の記事でも書いたけど、懐かしく、とても好きな曲。
編曲はオラフソン本人。アルト、あるいはカウンターテナーの円やかな声域、ステンドグラスから降る光のような高音部が、うっとりするほど鮮やかに再現されている。感動的。

● イタリア風のアリアと変奏  BWV.989 イ短調
アリアに挟まれた1~2分の変奏曲が10曲。カードを切るようにテクニックの確かさをつぎつぎ見せつけてくる。

● 2声のインヴェンション第12番イ長調 BWV.783 / 3声のシンフォニア第12番イ長調 BWV.798
一言でいうと「メリハリの鬼」。

● ガヴォット
 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調 BWV.1006から:ラフマニノフ編曲
ヴァイオリンソロの曲を、装飾音つけてキラキラアレンジに。ずいぶん盛ったね~、こんなんしたの誰?と思ったら、ラフマニノフ。
「きらめいてて…ごめん」というアニメの台詞を思い出しました。

● 前奏曲第10番 ロ短調 前奏曲とフーガ BWV.855a、シロティ編曲
キラメキの次には地下水脈みたいな、暗く柔らかな反響と瑞々しさ。弱音のボリュームコントロールがすさまじく上手い。
前半の平均律10番ホ短調と対になってる曲。

● 3声のシンフォニア第15番ロ短調 BWV.801 / 2声のインヴェンション第15番ロ短調 BWV.786
3声が先、2声が後。
午後ティーを朝に飲んじゃうの!? 的な、あえて逆をいく曲順に(一人で)騒然となった箇所。
些細な逸脱に見えるけど、彼の妥協のなさ、確信の強さが垣間見える爪痕だと思う。

● 協奏曲ニ短調 BWV.974(原曲 マルチェッロ:オーボエ協奏曲)
この曲はなんといっても第二楽章が有名。なのに全三楽章を通して弾くのにも、きっと意味があるんだろう。
第二楽章、和音の刻みが滞らず規則的で、今風な鮮やかさ。ハープシコードの古めかしい響きを再現しようとは全然思っていなさそう。

● コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」ヘ短調 BWV.639(ブゾーニ編曲)
密かに愛している曲で、それゆえに好きな演奏に意外と出会えない。速すぎたり大袈裟すぎたりすると、もう聴く気がなくなってしまう。
悲劇ぶらず、急きすぎず、滞らず、敬虔に、清廉に、均質に、一筋の光を乞うように。
こんなふうに弾いてほしかった。ありがとう。

● 幻想曲とフーガ イ短調 BWV.904
いかにも古風なリズムの幻想曲にのせて、芝居がかった拍感の幻想曲。きっちり真面目なフーガ。古めかす気ないよねと思わせておいて、最後にこうくる。
この小品集の中で、いくつの意外性を見せてくれただろう。音だけでも情報量てんこ盛り。

以上!

曲数が多いので、ただ感想を書くだけでもけっこうなボリュームになってしまった。
しかも恐ろしいのは、実は、この4つの記事を書く間、私はほとんど楽譜を見ていないということ。
平均律とインヴェンション/シンフォニアなどは手元にあるのだけど、結局ほとんど耳から入る情報と、BWVに関する情報や曲の成り立ちをWebで調べて書き終えた。
これで楽譜まで突き合わせて読み始めたら…冬休みの自由研究まで、彼に費やすことになってしまいそう。たのしそ…いや、大人はそういうの、ないんだった。

最後に余談。
ヴィキングル・オラフソン Vikingur Olafsson という名前。
アイスランド出身ということは、ヴァイキングを語源にしているんだろう。
ヒゲに筋肉もりもり、鎧兜に大剣振りかざして…という荒くれ者の姿はしていないけど、彼の中身は相当に「剛の者」。知略も技術も研ぎ澄まされ、精神は強靭で、針路には迷いがない。
ヴァイキングの剛胆さと、現代の知的なしたたかさがハイブリッドされた稀有な人。
これからの彼の航海が、とても楽しみ。

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