3/4)Vikingur Olafsson「Johann Sebastian Bach」

ヴィキングル・オラフソン「J.S.バッハ」のまとまらないレビュー、3本目。
構成編です。長いです。

●前書きという名の「おことわり」

このアルバムの「情報量」の本領は、アルバムの構成にあると思う。鳴っている音そのものの背後に、相当量の意図が込められている。

まずは耳に入る音として「響きの変化や流れが自然で心地よい」ように考え抜かれた構成。うまく作ってあるなぁと感心するだけでもよかったのに「沼」にはまってしまった。

ただし、私はちゃんと楽典や理論を学んだわけではなく、知識も洞察力もまるで足りない。足りないのはわかっていながら、すごいものを見つけてしまったので、せめて届く範囲まで手を伸ばしてみずにいられなかった…というのが、この記事だ。

なので、ここにあるのは決して「正しい話」ではない。ただ、全ての文に「確証はないが~ではないか」「推測にすぎないが~と思われる」などとつけると回りくどいことこのうえないので、言い訳はここで、文章は言い切り調で、まとめさせていただいた。

エラそうでごめんなさい。あと、引くほど長いです。重ねてすみません。
何か本当のことに、掠めるだけでも触れられていますように。

●全体構成を眺める

さて、このアルバム全体の大きな構成。
olafssonbach.png olafsson_back.jpg

olafsson_list02.jpg
前記事とはちょっと違う表組。前半・後半で色分けし、調性に関する情報を付け加えた。

全体が「前半」「変奏曲」「後半」という流れになっており、そして、各要素がある法則に統べられている。
法則はひとつではなく、まるでフォトショップのレイヤーを重ねるように複層になっている。今回は、とりあえずそのうちの二層を書き出してみたい。

●第一のレイヤー「分類と楽器、カレイドスコープ(万華鏡)」

表の右端「分類」を見ると、前半は、ほぼ「オルガン以外の鍵盤楽器曲」と「オルガン曲」を交互に組んだ構成になっている。実際にオルガンとピアノを弾き分けたらどうなるだろうと、ふと想像してみた。

たとえば、こんな風にオルガンとピアノが並べて置いてある教会で。
organ.jpg
photo:unsplash

これは英国の教会の写真だけど、母校の礼拝堂もオルガンとピアノが並べて置かれていて、曲によって行き来して弾くことができた。とはいえ、1曲ごと交互に移動は、さすがにやったことがない。あまりに忙しなくて、自分が二人ほしいわ!ってなる。

つまり、ここにはオラフソンが二人いる。そう思ってみたらどうだろう。
一人はオルガン、一人はピアノ。二人の奏者が鏡像のように、それぞれの楽器の前にいて交互に弾く。そうイメージすると、この曲順がきれいに成り立つ。
ふざけた空想かもしれない。でも、却下する前に、もう一度ジャケット写真を見てほしい。鏡像のような写真が、意味あるものに見えてこないだろうか。

変奏曲を挟んで後半には、ヴァイオリンやオーケストラとの協奏曲など、多彩な形式の曲が盛り込まれていく。二人どころか三人目、四人目のオラフソンが現れるような世界観。
それを見届けた後では、あの背面写真にも納得してしまう。読みにくいと文句をつけたけど、まさに曲名とイメージがレイヤーになって重なっている。
そして日本盤の「バッハ・カレイドスコープ」という邦題も。またキレイ目なタイトルつければオシャレになると思って…と斜に構えていたけど、実はそこにあるものを、ごく具体的に突いていただけだったのだ。

●第二のレイヤー「調性とリフレクション(反射)」

●調性

さらに、この「前半」「変奏曲」「後半」という構成は、調性にも生かされている。
キーワードは「近親調と平行調」「#調と♭調」「リセット」「上昇アルペジオ」。

わかりやすくするために(というか、自分がわかるために)曲順に沿った変記号とルート(根音)を五線に落としてみた。

olafsson_keys.jpg

あと参考に、原色じゃないのが欲しくて自作した五度圏サークル。

5thcircle_square.jpg

前半のトラック1-7は、調性でいうとG-Em-Bm-Dと進んでいく。
G-Emはどちらも#ひとつ、五度圏サークル内で同じ調号に属している。同調号の2つの調は「平行調」と呼ばれ、似た響きを持つことから相性のよい調とされる。
次のEm-Bmへの進行は、五度圏サークルで一つ隣に位置し、響きが近い「近親調」。
そしてBm-Dへはまた、同調号の平行調。
トラック7-11の♭調(五度圏サークルの左側)でも、Gm-Cm-E♭と、この流れは保たれる。

「変奏曲」は#♭が全て外れたAマイナー。前半の流れを、ここで一旦リセットするかのよう。

「後半」で目につくのはルートの移動。
リセット調のAマイナーと同ルートのAメジャーから始まり、5度上移動が2回。さらに、3度上移動が3回。
五線でみると、ルートがアルペジオのように一定間隔で昇っていくのがわかる。
こちらも前半と同様、#調→♭調の順で推移。
そして、最後は#♭が全て外れたリセット調、Amマイナーで終わる。よくできてるなぁ…

●リフレクション

アルバム中でちょっと不思議な存在が、中心の「リセット調」ことAマイナーの変奏曲だ。
単なる前半・後半の「つなぎ」にしては存在感がありすぎる。調号をゼロに戻すだけなら、Aマイナーの曲は他にもある。平均律、インヴェンションとシンフォニア、パルティータ、イギリス組曲など。
他にも選択肢がある中でこの曲でなくてはならない理由、それは、この変奏曲が「合わせ鏡」の形になっているからだと思う。

冒頭と末尾を同じアリアで挟んだ10曲の変奏曲。どれも1-2分の短さで、まさにカレイドスコープに散る幾何学的なガラス片のよう。でも、この反射は、変奏曲の中だけで完結しているわけではない。
アルバム全体が、この変奏曲を折り返しにしたリフレクション(反射)になっている。
それを、目に見える形で示している箇所は4つ。

①トラック3-4の「平均律第1巻10番 ホ短調 BWV.855」と、トラック27「前奏曲第10番ロ短調 BWV.855a(シロティ編)」。
BWVの番号を見比べてほしい。855と855a。この二つは同じ原曲に基づいている。
「平均律第1巻10番 ホ短調 BWV.855」は、バッハが息子のために書いたという「W.フリードマンのための音楽帳」内の「前奏曲 ホ短調 BWV855a」を、平均律クラヴィーア曲集に含めるために書き直したものだという。その「W.フリードマン」の曲を元に、シロティがロ短調に移調して書いたのがこの前奏曲。
この2曲が前半と後半で、向き合うように置かれている。

② トラック28-29「3声のシンフォニア ロ短調」と「2声のインヴェンション ロ短調」。
何故か、3声のシンフォニアの方が前にきている。
「インヴェンションとシンフォニア」といえば、普通は2声が先、3声が後と相場が決まっている。(3声だけ弾くパターンはたまにある)。
3声が先というのは、絶対とは言わないけど、ほぼ、ない。とりあえず私は初めて見た。
これは一体なんのため? ここまで隙のない構成を組んできた彼が、何も考えずにこんな逆回しをやるわけがない。
他に正解があるのかもしれないけど「前半の鏡像だから逆順なのだ」と言われれば、ひとつの理由として納得できる。

③ 1曲ごとに調性を変えてくるこのアルバムの中で、同じ調が2曲続く箇所が2つある。
前半のトラック1、2の「G ト長調」、そして、後半のトラック27、28、29の「Bm ロ短調」。
箱庭の対角線に1つずつ大岩を置いたような、ランドマーク的な存在感を放っている。

④ ①と③で挙げた、前半・後半で対に置かれたふたつの調性。
①ホ短調Emとロ短調Bmは、5度圏サークルで隣り合う近親調。
③ト長調Gとロ短調Bmも、5度圏サークルで隣り合う、近親調/平行調の合わせ技。
冒頭で示された小さな構造が、実は全体にまたがっていたのだとわかる。

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以上、今はここまで。長々と失礼いたしました。

勢いと出来心、そして可視化してみたい一心で表や五線を作り、情報を拾ってみたけれど、思っていた以上に隙のない構造になっていて圧倒された。大体、エクセルの色分けがこんなに少ない色数で成り立つこと自体がハンパない。元となる情報がどれだけ整然としているのかと。
そして、これだけダラダラ書いても、オラフソン本人が理解し目指していることの本質は、おそらく3分の1も分かっていないのではないかと思う。それもこわい。彼の思考のレイヤーは、一体何層まであるのか。
やっぱり、あのメガネに秘密があるんじゃないだろうか。あれは、スカウター的に複層的な情報が表示されるハイテクメガネなのかもしれない…。

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