Glenn Gould 「The Goldberg Variations」1955

ジャケ写が好きシリーズその3。自分の中で不動のトップ3の3枚目はこちら。グレン・グールドのデビュー作品にして、永遠の名盤といっても過言ではない一枚。

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このジャケットは写真だけでなくデザインもいい。ピアノの前で誰かと議論するGGの姿を(演奏しているのは2カットだけ)、フィルムの枠を生かした連続写真の形で5枚×6列、30カット並べている。マルチ写真のジャケ写といえば、世界で一番有名なのはビートルズの「A Hard Day's Night(1964)」だと思うけど、GGのこちらは1955年。9年も先に、しかもクラシックのジャケットで、既にこのお洒落感を醸し出していたというのが凄い。

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そして、お洒落とか絵的に納まりがいいというだけでなく、30という数には意味がある。「ゴルトベルク変奏曲」は、アリアの次に30の変奏が続き、再びアリアに戻る構成になっているから。このデザインは、実は、理屈の上でもとても正しい。

1932年生まれのGGは、このとき23歳。
燕尾服も蝶ネクタイもなし、髪もぴっちり撫で付けたりしない。クラシックのアルバムらしからぬラフな服装だけど、この無作為なラフさも、この作品が永遠の一枚になりえたひとつの理由だと思う。
「白シャツと無造作ヘア」の組み合わせは、何十年たっても古くさくならない。時代も国も問わずに通用してしまうタイムレスな装い。そして、白いシャツをまとった23歳当時のGGは若くて怜悧で瑞々しく、よくまあこの姿を撮って残してくれました、と感謝したくなるくらいにピカピカに清潔で美しい。

清潔で美しいのは音楽も同じ。澄みきったGメジャー(時々マイナー)。歯切れの良いタッチと速めのテンポの変奏が淀みなく続いていく。
不眠症のヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵のためにヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクが演奏する曲を、ヨハン・セバスティアン・バッハが作りました…という、長い名前そろい踏みの逸話があまりにも有名だけど、清々しさに満ちたこの演奏は、夜よりもむしろ朝の方がふさわしく聴こえる。
今この瞬間に目覚めて鳴り始めたような、軽やかで清新な音。まるで、毎朝ちがう色でやってくる夜明けの空のよう。何の準備もなく、出し惜しみもせず、その日の分だけの喜びを素直に運んでくれる奇跡が、音が鳴り出してから終わる瞬間まで、30数分間続く。
あるいは、個人的なイメージでいえば、雪解け水がキラキラと飛沫を上げて駆けていく様子にも似ている。何にせよこの録音はきっと、音楽というよりも、むしろそういう「自然」に近い存在なんだと思う。
何百年も前に書かれた楽譜が60年以上も前に録音されて、同じものが何度となく再生されている。それなのに、聴く度に新しいという不思議。春や夜明けが「繰り返し巡ってきて、それでも毎度新しい」こと、そういうものと一緒なのだと思えば、何となく納得がいく気がする。

おそらくジャンルを問わず、名盤中の名盤に数えられている1枚。
クラシックは聴かないけどこれは持ってる、という人も結構いそうな気がするし、「無人島に1枚だけ持っていくなら?」という質問に、必ず挙がる答えのひとつでもある。無人島にいくとして、このアルバムは誰かしら持ってくるだろうから、自分は他のを持っていこう…と思ってしまうくらい。いや、無人島は別に、みんなが自分の推しアルバムを持ち寄る場所ではないんだけど。

ちなみにGGは1981年にこの曲を再び録音し、結果的にそれが、人生最期の1枚になった。(こちらはもう、何か具体的なものに喩えようにも、何に似ているとも言い表せないくらいに無駄を削がれた「音」しかない)。ふたつのアリアで30の変奏を綴じるこの曲そのもののように、キャリアの始まりと終わりを同じ曲で綴じたことも、伝説になっている。

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